関西設計管理研究会 第526回オープン例会 要約レポート
【開始挨拶・会長挨拶】
- ポイント
- 開始挨拶(河添 俊幸 氏): 研究会が65周年を迎える歴史に触れ、本日のテーマである「AI」と「フェーズフリー」を紹介。AIを小学生が使いこなす時代が到来し、これからの社会人にはプロンプトエンジニアリングのスキルが不可欠になると述べ、講演会への期待感を高めた。
- 会長挨拶(垂水 伸輔 氏): オープン例会として、関西設計管理研究会の活動を紹介。会の理念である「ギブアンドテイクの精神」を土台に、会員企業の生々しい事例発表や、本音が聞ける「懇親会」がイノベーションの源泉であると強調。会費や優秀賞制度、東京の姉妹団体(東京EAC)との連携にも触れ、新入会員(大塚商会様、アルトアシステム様)の紹介も行われた。
- 具体的説明事項
- 研究会は1961年(昭和36年)に発足し、65年の歴史を持つ。
- 会の理念は、改革意識の高い企業や大学が集まり、プロセス・ツール・人材に関する最先端の情報を交流する「ギブアンドテイク」の場であること。
- 懇親会は、講演では話せない失敗談や本音の情報を交換する重要な機会として位置づけられている。
- 年会費は20,000円(入会金10,000円)で、会員は2年に1回程度の発表が推奨される。
感想
- 会の歴史と理念、そして具体的な活動内容が明確に示され、単なる講演会ではなく、企業間の壁を越えた「知のプラットフォーム」であることが伝わってきました。特に、成功事例だけでなく失敗談も含めた「本音」の共有を重視する文化は、この会の大きな魅力だと感じました。
【2025年優秀賞】『3DCAD・データ管理システム 全社統合までの道のりと今後の展望』土井 裕実加 氏
- ポイント
- 株式会社島津製作所における、部門ごとに個別最適化されていた3DCADとデータ管理システムを、5年をかけて全社統合したプロジェクトの軌跡と今後の展望について発表。技術的課題のみならず、組織的な課題を乗り越えて開発環境を整備したプロセスが共有された。
- 具体的説明事項
- 統合前の課題: 部門ごとに異なるCADを使用していたため、教育や設計資産の共有ができず、システム連携への重複投資が発生していた。
- プロジェクトの3本柱:
- 全社展開: 3DCADをSolidWorksに統一し、全社の設計データを一元管理するPDMシステムを構築。拠点間のレスポンス確保や、文化の異なる事業部間の合意形成に苦労した。
- データ移行: 旧CADの3Dモデルと図面をリンクさせたまま移行する、独自の半自動移行システムをベンダーと共同でゼロから開発。高い品質要求に応えることが大きな挑戦だった。
- 教育・サポート体制: 全社共通の運用ルールを策定し、独自の教育カリキュラムを整備。また、社内に専任のサポートデスクを設置し、自社グループ内で対応できる体制を構築した。
- 現在の挑戦と課題: 設計情報を3Dデータに集約し、MR(複合現実)を活用したバーチャルデザインレビュー(VDR)などを推進。現在は、図面レスを目指す「3DAモデル(3D正)」の実現に取り組んでいるが、製造部門との連携や、結局「参考図面」が必要になるなど、まだ多くの課題を抱えている状況を率直に語った。
感想
- 大企業における大規模なシステム統合のリアルな道のりが非常に参考になりました。特に、前例のないデータ移行システムの開発や、様々なテーマについて議論を重ねたルール策定など、地道で粘り強い努力に感銘を受けました。また、3DAモデル活用の「うまくいっていない現状」を包み隠さず共有する姿勢は、研究会が大切にする「ギブアンドテイク」の精神そのものであり、聴講者にとって大きな学びとなったはずです。
【特別講演】『AIに使われるな、AIを導け ~自動化が進むほど、人が考えるべき“ロジック”はなぜか増えていく~』永井 啓介 氏
- ポイント
- AIの進化により単純作業は自動化されるが、それによって人間は「なぜそうするのか」という判断とその説明責任という、より本質的で高度な役割を担うことになる。AIを単なる道具として使うのではなく、人間の思考や意図を正しく伝え、AIを「導く」ための心構えと方法論を、プログラマーの視点から解説した。
- 具体的説明事項
- AI時代の仕事の変化: AIに作業を任せることで、コーディングのような作業時間は激減する。しかし、その代わりにAIに的確な指示を与えるための「前提条件、制約、優先順位の言語化」という思考作業が爆発的に増加する。
- AIに使われる人 vs 導く人: 判断をAIに委ね、出力を鵜呑みにする人は「AIに使われる」。一方、判断の主導権は人間が持ち、作業をAIに任せるのが「AIを導く」人である。そのために必要な「プロンプト力」とは、小手先の技術ではなく「思考を言語化し続ける耐久力」である。
- AIと品質: AIは品質の良し悪しを判断しない。与えられた定義(設計意図)を忠実に「増幅・拡散」するだけである。そのため、前提となる人間のロジックが不完全だと、AIは「正しく暴走」し、大規模な品質問題を引き起こすリスクがある。
- 設計管理の新たな役割: 経営方針のような抽象的な指示を、AIが実行可能な具体的な「設計意図」へと変換する「翻訳者」としての役割がますます重要になる。設計管理は、AI時代の品質保証の要である。
質疑応答
- 質問: 高度なプロンプト力があれば、設計管理のような専門職は不要になるのではないか。
- 回答: 現状のAIでは、判断や新しい価値創造といった部分は人間にしかできない。AIを使いこなして価値を生み出す人と、AIに使われる人で二極化が進むだろうが、専門職の価値がなくなるわけではない。
感想
- 「AIが賢くなるほど、人が考えるべきロジックは増える」という逆説的なテーマが、具体的な事例と共に語られ、深く腑に落ちました。AIを単なる効率化ツールとして捉えるのではなく、人間の思考を拡張するパートナーと位置づけ、その上で人間の「判断」の価値を再定義する視点は、これからの働き方を考える上で極めて重要な示唆を与えてくれました。
【特別講演】『フェーズフリー:「日常」を超えた価値を創るデザイン』佐藤 唯行 氏
講演内容の詳細
- ポイント
- 多くの人が必要性を感じながらも行動に移せない「防災」を、「備える」という特別な行為(コスト)としてではなく、日常の暮らしをより豊かにする商品やサービスが「ついでに」非常時にも役立つという新しい価値(バリュー)として捉え直す「フェーズフリー」の概念を提唱。
- 具体的説明事項
- 防災の課題: 災害は繰り返されるが、人々は「自分ごと化できない」「コストがかかる」などの理由で備えることが難しい。この「思うけど、できない」というギャップが問題解決を阻害している。
- フェーズフリーの概念: この課題に対し、「備えられないことを前提」とする。日常時(フェーズ)と非常時(フェーズ)の垣根(フリー)を取り払い、普段の利便性・快適性・楽しさが、そのまま非常時の安心・安全につながるようにモノやサービス、街をデザインする考え方。
- コストからバリューへ: 「非常時にしか使えない」防災用品はコストと認識され普及しにくい。一方、フェーズフリー商品は「日常の価値+非常時の価値」を提供するため、消費者にとってコストパフォーマンスの高い魅力的な「バリュー」となり、市場に受け入れられやすい。
- 社会的な広がり: トヨタの給電できるハイブリッド車や、計量メモリ付きの紙コップなどを例に挙げ、既に多くの企業(コクヨ、アシックス、LIXIL等)や行政(国、都道府県、市町村)が、新しいマーケティング手法や持続可能な社会づくりの指針としてフェーズフリーを導入している現状を紹介した。
感想
- 「備えられないことを前提とする」という発想の転換に、まさに目から鱗が落ちる思いでした。防災という社会課題を、義務やコストではなく、豊かさや楽しさ、そしてビジネスの機会として捉え直す視点は非常に画期的です。自社の製品開発やサービス提供において、この「フェーズフリー」という視点を加えることで、新たな価値を創造できるのではないかと、強いインスピレーションを受けました。
【今後の活動紹介】
講演内容の詳細
- ポイント
- 2026年度の活動計画と、次回の例会について案内が行われた。
- 具体的説明事項
- 2026年度活動計画: 年間7回の例会を予定。6月には村田製作所、9月にはパナソニック、10月にはダイキン工業での工場見学が計画されている。また、研究会創立65周年を記念し、12月には京都の長楽館にて記念式典を開催予定。
- 次回例会案内: 第527回例会は3月27日(金)に京都経済センターにて開催。「プロジェクトマネジメント」をテーマに、佐藤知一様とパナソニック様より講演が行われる。
感想
- 各社の現場に触れることができる工場見学や、65周年という節目を祝う記念式典など、年間を通して具体的で魅力的な活動が計画されており、会員の参加意欲を掻き立てる内容でした。研究会の活発な運営がうかがえました。
全体を通してのポイントと感想
全体を通してのポイント
- 設計思想・意図の重要性: 3つの主要講演は、「3DCAD統合における共通ルール」「AIを導くためのロジック」「フェーズフリーのデザインコンセプト」と、それぞれ異なるテーマでありながら、根底にある「思想」や「意図」を明確化し、伝達することの重要性を共通して示唆していた。
- AIとの向き合い方: AIは人間の作業を代替するが、それは人間が「判断」と「説明責任」という、より本質的な役割に集中すべき時代の到来を意味する。AIに判断を委ねるのではなく、明確な意図を持ってAIを「導く」ことが、品質とイノベーションの鍵となる。
- 社会課題解決とビジネスの両立: 「フェーズフリー」の概念は、防災という社会課題を、企業の新たな「価値創造(バリュー)」と「ビジネスチャンス」に転換できる可能性を示した。これは、企業の社会的責任と経済活動を両立させる上での強力なモデルケースとなりうる。
全体を通しての感想
具体的な企業事例から、AI活用という技術トレンド、そして防災という普遍的な社会課題まで、非常に多岐にわたるテーマを扱いながらも、すべてが「ものづくりにおける設計・管理の未来」という一本の軸で繋がる、知的好奇心を強く刺激される講演会でした。
単なる技術論に終始するのではなく、組織論、働き方の哲学、社会課題へのアプローチといった、より高次の視点から設計管理の役割を捉え直す貴重な機会となりました。特に、AIに「判断」を委ねるのではなく「導く」という考え方や、防災を「コスト」ではなく「バリュー」として捉えるフェーズフリーの概念は、今後の自社の業務や製品開発において、重要な指針となるに違いありません。研究会が掲げる「集合知によるイノベーション」の価値を実感できる、非常に有意義な時間でした。
